ハロー介護職
食事介助といえば介護の仕事の中でもメインのお仕事。
そして介護職としては安全に食事をしていただく義務がありますよね?
そんな中誤嚥・窒息に関してはかなり神経をすり減らすところ。
今回は「お刺身を提供した末に誤嚥・窒息して亡くなられる事故を巡る裁判の行く末」ということで食事における一つの事例を紹介していこうと思います。
誤嚥事故は完全になくすことは不可能です。
大事なのはいかに誤嚥リスクを減らすか?
そしてもし誤嚥してしまったとして、最大限責任を回避できるための対策を普段からできているかどうかです。
この記事を読むことで、介護事故を起こさないための考え方や、もし事故が起きてしまった際のリスクヘッジについても理解を深めておきましょう。
【記事監修者】
堀池和将
~経歴~
特別養護老人ホーム勤務(ユニットリーダー)
サービス付き高齢者住宅勤務(サービス提供責任者・訪問介護管理者・施設長)
~保有資格~
介護福祉士
水戸地裁における誤嚥事故裁判の概要と結末
裁判があったのは水戸地方裁判所。
事故の概要としては次の通り。
介護老人保健施設に人所中のパーキンソン病で要介護 3 の 86 歳の男性Xが縦 25mm、横40mm、厚さ5mm 程度の健常人が食べるのとそれほど異ならない大きさのまぐろの刺身を誤嚥して死亡した事故につき、嚥下状態は良好とは評価し難い状態であり、誤嚥の危険性があった。介護老人保健施設という専門機関で、継続的に介護に当たっていた医師を含む介護保険施設の職員はこれを認識していたか又は少なくとも容易に認識できた。X に提供された刺身は健常人が食べるのとそれほど異ならない大きさであったが、嚥下しやすくするための工夫は加えられていなかった。したがって、刺身を常食で提供したことについて、介護契約上の安全配慮義務違反が認められるとして事業者に対し2,203万円余の支払を認めた事例
死亡した男性はパーキンソン病にり患しており、施設が誤嚥リスクのある方に対して常食のお刺身を提供した末に誤嚥して死亡したという事故。
裁判の結果は施設側の完全敗訴。
平成23年6月16日に判決が出て、施設側は2203万円を遺族に支払うこととなりました。
誤嚥事故の背景と事故当日の状況・裁判所の判断の概要
便宜上、事故で亡くなられた利用者さんをAさんと呼ぶこととします。
事件の背景
Aさんの状況
Aさんはパーキンソン症候群により嚥下機能が低下していました。施設入所時から施設サービス計画書には「嚥下障害があり、ムセが見られる」ことが記載されていました。また、認知機能の低下もあり、判断能力が十分とは言えない状態でした。
家族の要望
Aさんの家族は入所時に「全粥きざみ食」の提供を希望しており、自宅でもペースト食を与えていました。
施設の対応
施設はAさんの要望に応える形で刺身を常食で提供。しかし、これに対しての家族の同意は不明確であり、記録にも具体的な記載がありませんでした。
事故当日の状況
事故当日は、職員が少ない中で食堂での見守りを行われていた
Aさんには誤嚥の危険性があるにも関わらず、職員の十分な見守りがされていませんでした。
お刺身は通常の大きさで提供され、嚥下が難しいAさんにとっては誤嚥の危険性が高いものであった
結果的にAさんは刺身を誤嚥し、施設の対応が問われることとなりました。
裁判所の判断
- 裁判所は、施設がAさんに対して誤嚥の可能性がある刺身を常食で提供したことは、安全配慮義務に違反していると認定しました。
- 認知症の進行や嚥下機能の低下を考慮し、施設はAさんの安全を第一に考えた食事提供を行うべきであったと指摘しました。
水戸地裁における誤嚥事故の裁判の一部始終
遺族の主張①
Aさんは自宅ではペースト食を食べており、施設でもそのように対応をして欲しいと伝えていた。
それなのに家族に了承もなく誤嚥の可能性のあるお刺身の提供を常食で行った。
これは施設の誤った食事の提供方法である。
そしてパーキンソンによる嚥下機能低下は入所時から顕著であったが、入所後も身体機能や健康状態の悪化が進んでおり更にに誤嚥の危険性が高まっていた。
こういった事情を考慮して施設は常食でのお刺身の提供を停止すべきだったのにこれを怠った。
だから安全配慮義務違反・過失が認められる
施設側の反論①
Aさんは入所時からむせることなく自力で食事摂取可能であった。
そして意思疎通やコミュニケーションが非常によくできる状態であった。
また、Aさんは施設職員に対して常食でのお刺身提供を強く希望された。
施設内で協議の末、Aさんの健康状態や接種状態は良好で安定していたことや、希望にこたえることがAさんの自由や尊厳の確保に繋がると考えた。
Aさんの施設サービス計画書には
- 「嚥下機能の低下がみられる」
- 「嚥下障害があり食事や水分摂取時にムセがみられる」
と記載されているが、それは職員の注意を喚起するためのものであった。
また施設サービス計画書の内容について、また常食でのお刺身提供については家族に説明の上同意をもらっている。
遺族の主張②
お刺身を提供する場合は誤嚥の危険性があったため、Aさんの食事中は付き添って見守り、誤嚥が疑われる場合は即座に介入できる態勢をとる必要があった。
しかし、事故当日職員は少なく付き添いもしておらず、Aさんが刺身をまるごと飲み込んだことに気が付かなかった。
したがって、施設側には安全配慮義務違反・過失が認められる。
施設側の反論②
事故当日は食堂で約90名の利用者を5~6人の介護職員で見守りをしていた。
Aさんに関しては摂取状態は良好であったものの、パーキンソン病であることを考慮して、見守りがしやすいような席で食事を摂ってもらう対応をとっていた。
また事故直後はすぐに職員が気が付き適切・迅速な対応をした。
したがって安全配慮義務違反・過失にはあたらない。
また、入所時から意思表示には問題のないAさんの、「お刺身を食べたい」という希望はAさんの真摯な意思表示であったといえる。
そしてAさんの希望から常食でお刺身を提供したのだから、常食での摂取はAさんの選択の結果といえる。
また常食のお刺身を提供することを家族には事前に説明し了解を得ている。
そして日ごろからAさんには、よく噛んで食べるよう指導していたが、Aさんの口腔・気道内からは形の残ったマグロとハマチが取り出された。
このことから同時もしくは連続してマグロ・ハマチをよく噛まずに飲み込んでしまったことがわかる。
これが事故の直接の原因である。
遺族の主張③
Aさんが自分の誤嚥の危険性を顧みずに常食を切望したとは認められない。
また、家族も常食でのお刺身提供を認めた覚えはない。
そしてAさんは事故当時86歳であり、パーキンソン症候群による嚥下障害や身体機能の低下があったことから、喉の奥に誤って食物が入り込みことはありえる。
水戸地裁の認定内容
施設サービス計画書の解決すべき課題(ニーズ)に「食事はペースト食を提供」「水分補給やおやつも同様、配ったままにせず必ず食べ終わるまで付き添う」と記載されている。
普段の記録よりみかんが喉に詰まっているとの本人からの報告があったり、食事中のムセも確認されている。
長谷川式簡易知能評価スケール(以下:長谷川式スケール)を入所中複数回に渡って実施していた。
長谷川式スケールの点数は30点満点だが点数は約1年で11点から8点まで減少している。
点数的には高度の認知症が疑われる状況。
入所から普段は全粥・ペースト食を提供。
事故当日は食堂に85名の利用者に対し5名の職員で巡回見守りをしていた。
Aさんについては客観的に判断し職員の目が届きやすいところに座ってもらっていた。
お刺身の大きさは縦2.5㎝・横4㎝・厚さ0.5㎝程度。
水戸地裁の判断
施設側は誤嚥等の事故を防止する安全配慮義務を怠ったというべきである、との判断をとる。
- 家族が施設にAさんの入所を申し出た際「全粥きざみ食」の提供を希望したこと。
- 医師同士のやり取り書面の中では、食事時むせることがあることが記されていた。
これらが指摘されている。
厳しく追及される嚥下機能の低下
ケアプランの見直しを合計五回行ったが、その際作成した施設サービス計画書にはAさんについて
- 「嚥下機能の低下が見られる」
- 「嚥下障害があり食事や水分摂取時にムセが見られる」
誤嚥の危険性が高い旨、又はそれと同視できるような記載が継続的にされたことが認められる。
そしてパーキンソン症候群は、時間の経過とともに次第に悪化していく傾向があること。
入所時から事故当日に至るまで施設はAさんに、お刺身の提供以外のお食事では全粥・ペースト状にした副食を提供していたこと。
認定調査票(概況調査)やケアチェック表にもAさんについて
- 「嚥下機能の低下が見られる、」
- 「嚥下障害があり食事や水分摂取時にムセが見られる」
- 「誤嚥の危険性が高い」
こういった旨の具体的な記載がある。
更にサービス担当者会議において、医師、栄養士、看護師から、Aさんの誤嚥に注意する旨の発言があった。
過去にひどいムセがあり、そこから咳嗽などの症状により具合が悪くなったことがあったことから
Aさんの嚥下状態は良好とは到底評価し難い状態であった。
介護老人保健施設という専門機関で、継続的にAさんの介護にあたっていた医師を含む施設の職員はこれを認識していたか又は少なくとも容易に認識できたと認められる。
水戸地裁の施設側の主張に対する評価
施設がAさんに刺身を常食で提供したことについて安全配慮義務違反、過失が認められるかについて検討する。
誤嚥しないための工夫がなされていたか?
お刺身の大きさは健常人が食べるのとそれほど異ならない大きさであり、施設は嚥下しやすくするための工夫を特段講じたとは本件証拠上認められない。
食材選びは適切であったか?
特にまぐろは筋がある場合には咀嚼しづらく噛み切れないこともあるため、嚥下能力が劣る高齢の入所者に提供するのに適した食物とは言い難い。
Aさんの嚥下機能の低下、誤嚥の危険性に照らせば、Aさんに対しそのような刺身を提供すれば、誤嚥する危険性が高いことを十分予想し得たと認められる。
以上のことから施設がAさんに対し刺身を常食で提供したことについて、介護契約上の安全配慮義務違反、過失が認められる。
施設側の整合性の取れない主張と水戸地裁の評価
施設はAさんの嚥下機能に問題はなかったと主張するが…
施設サービス計画書の「嚥下機能の低下が見られる」、「嚥下障害があり食事や水分摂取時にムセが見られる」などの記載は、職員の注意喚起するための記載で、Aさんの実際の状態とは異なると主張するが…
仮に同証言を前提にしたとしても、注意喚起のためとはいえ、およそ存在しない症状を記載するとは考えられず、施設側には、少なくとも、職員の注意喚起が必要な程度には嚥下機能の低下や誤嚥の危険性があったものと認められる。
良好で誤嚥の危険性が認められないにもかかわらず、ケアマネージャーが施設サービス計画書やケアチェック表に「嚥下障害があり食事や水分摂取時にムセが見られる。誤嚥の危険性が高い」などの記載するとは考え難い。
看護記録の記載を見てもAさんの客観的状態として嚥下機能の低下、ムセが存在したことは明らかである。
Aさんの認知機能と意思表示能力を巡って…
常食でのお刺身の提供をAさん本人が希望しており、それに応えることがAさんの生活の自由・尊厳の確保につながるため、この判断は間違いではなかったと施設は主張するが…
Aさんはかなり高齢で、パーキンソン症候群の症状が事故より4年程前から進んだ者であったこと、その症状は時間の経過とともに次第に悪化していく傾向があることが一般的。
Aさんの意思表示能力に問題はなかったのか?
施設にAさんが受けた認知症に関するテストの結果を見ても、長谷川式の結果は8点ということでかなり悪く、認知症が進んでいたことは明らかであり、Aさんが誤嚥の危険性及び誤嚥した場合には死という重篤な結果が生じ得ることを十分認識し、かつ、そのような判断を一人でするのに十分な能力を有していたとは考え難い。
医師(施設長)としては、Aさんの嚥下機能の低下等から常食では誤嚥の危険性が高いことから、Aさん自身の希望があったとしても、安易にお刺身を常食で提供するとの決定をすべきではなかったと認められる。
お刺身提供の家族への事前の説明と同意について
事前の説明の有無について施設側と家族の主張が食い違う
常食お刺身の提供については事前に家族に説明の上了解を得ていたと施設は主張するが…
入所時に家族は全粥きざみ食の提供をして欲しいと話したことが記録から認められる。
施設が作成した施設サービス計画書には上記のとおり食事は全粥、ペースト食などの記載があるのみで、お刺身を常食で提供することに関する記載は見当たらない。
入所までの間自宅においてAさんに対しお粥とペースト状のおかずを与えていた家族が、Aさんにお刺身を常食で提供することを了解したとは容易に想定し難い。
また、施設はどのように家族に説明して、それに対し家族はどのように反応し、承諾したのかについては曖昧な証言をするのみで、信ぴょう性に欠ける。
以上のことから施設の主張には理由がないと断定される。
本裁判例から得られる教訓
介護施設でお刺身を提供するのが悪かというとそうではありません。
今回の誤嚥事故での要点としては次の二点が挙げられます。
これらを総合的に判断する必要があります。
つまり基礎疾患であったり、普段の関わりの中で誤嚥リスクが専門職として予想できるものであれば、もし事故が起こった際は施設側に過失が認められると考えるべきでしょう。
誤嚥事故による介護士の責任を回避するための対策
今回のケースは施設がわざわざ誤嚥リスクの高い食材を提供しているので、普段の食事対応における参考にはしにくいでしょう。
そこで次は一般的にはどのような点に気をつけて対応すれば、もし誤嚥事故が起こっても責任を回避できるのかを解説していきます。
誤嚥を防ぐ食事の提供
適切な食材選び
誤嚥のリスクを減らすために、食材の選択には特に気を配りましょう。利用者の健康状態や個別のニーズに応じて、医師の指導を仰ぐことも重要です。以下の食材は特に注意が必要です。
- 粘着性のある食材:海苔などの食材は喉にくっつきやすく、誤嚥の原因になることがあります。
- 高い粘度を持つ食品:餅や白玉団子、こんにゃくゼリー、ガムなどは注意が必要です。
- 噛み切りにくい食品:タコのような食材は誤嚥のリスクを高めます。
- 水分が少なくパサつく食品:パンなどは喉に詰まりやすいことがあります。
調理法の工夫
調理方法にも配慮し、食材を細かく切ったり、ペースト状にするなどして喉に詰まらないよう工夫します。
不適切な食材選びや調理法が原因で誤嚥事故が発生した場合、介護の過失とみなされる可能性が高まります。
食事介助時の観察
利用者の状態を把握する
食事中は利用者の状態を頻繁に確認し、異常があれば迅速に対応しましょう。食事介助中には、利用者の反応を観察することで、誤嚥のリスクを察知できます。
- むせる
- 咳や痰が多い
- 食事を飲み込めないで嘔吐する
これらは誤嚥事故の前兆となる可能性があります。一人で食事をさせたり放置することは避け、慎重に見守ることが大切です。
これらの兆候がありながら対応を怠ると、施設側の責任が問われることがあります。
家族や医療機関との連携
適切な情報共有
医師から誤嚥リスクが高いという情報を受け取った場合は、それを十分に考慮して対応する必要があります。
入所時には次の点を確認し、家族とのコミュニケーションを通じて詳細な情報を把握することが重要です。
- 過去に誤嚥を起こしたことがあるか
- 誤嚥しやすい病気を持っているか
- 咳、痰、むせる、嘔吐の症状があるか
介護情報の記録
情報の一元化と共有
誤嚥事故を未然に防ぐためには、利用者の状態を詳細に記録し、他のスタッフと情報を共有することが不可欠です。
この情報は事故予防だけでなく、問題が発生した際に施設の責任を証明する資料にもなります。
誤嚥事故を防ぐ体制の整備
事故予防のための日々の予防策
誤嚥は完全に防ぐことは難しいですが、重大な事故に至らないように日頃から予防策を講じることが重要です。
以下の対策を施設全体で進めましょう。
- スタッフへの救命講習を実施する
- 誤嚥に対する応急処置の教育を行う
- AEDを設置する
- 食べやすく安全に調理する
- 誤飲しやすい小物を片付ける
予防策が不十分な場合、誤嚥による重大事故が発生した際に介護ミスとして責任を問われる可能性があります。
まとめ
いかがだったでしょうか?
誤嚥事故は介護現場では常に付きまとう問題です。
完全に事故をなくすことはできないので、せめてどうすれば誤嚥事故のリスクを減らせるのか?
また、誤嚥事故が起きてしまった時にどのように責任を回避すれば良いのかを本記事を参考に抑えておきましょう。